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モルドヴァ地方

モルドヴァは、ルーマニア北東部カルパチア山脈の東、プルット川の西部にある、雄大な山脈と東ヨーロッパを流れる川に挟まれた地域です。
よくモルドヴァ共和国と混同されますが、モルドヴァ共和国はこの地域の東に隣接している国家のことです。モルドヴァ地方はトランシルヴァニア地方に匹敵するほど、歴史・民族・自然が豊かな地方として有名です。
有名な県を挙げるとすれば、ヤシ県・ヴァスルイ県・スチャヴァ県・バカウ県・ネアムツ県でしょうか。スチャヴァ県付近からウクライナの国境にかけての地域はブコヴィナと呼ばれています。ここはモルドヴァ地方の北部にあり、ブナの国という意味です。ヨーロッパ最後の秘境ともいわれています。

モルドヴァ内の都市と観光地

ヤシ(Iasi)

モルドヴァの首都ヤシはルーマニアで一番<ロマンチックな街>だと言われています。というのも、ヤシ市はモルドヴァ地方でもっとも文化が発展した都市だからです。
→ヤシ(サイト内リンク)

スチャヴァ(Suceava)

修道院巡りをする時は、スチャヴァの街から始めるのがおすすめです。かつてモルドヴァ地方の首都(1375年から1565年)でした。1388年に建てられたスチャヴァの要塞跡や、高台から街を見渡すツアーも用意されています。
他にもスチャヴァには、ユネスコの世界遺産に登録されているセント・ジョージ教会や、ミラウツィ教会、ザムカ修道院、そして木工細工、民俗、歴史、郷土芸術の博物館が多数存在しています。特に、ブコヴィナ歴史美術館には、王位の殿堂にシュテファン大公のコートや家具、武器、衣装などを復元した物、中世の甲冑、コイン、道具や古代の書類なども展示されています。
それだけでなく、この街はスチェアバ城塞があることでも有名です。この城塞は1388年、ペトル・ムシャトによって築かれました。そして後にアレクサンドル善良公さらにシュテファン大公により、円形の見張り塔を持つ城壁が補強され、大要塞となりました。しかし1506年にトルコの攻撃を受けて破壊されてしまいます。現在は跡地として観光地になっています。

バカウ(Bacau)

モルドヴァの大都市の一つであるバカウ市は、自然豊かな観光地へのアクセスがとてもいい街です。ここから気軽に電車などで行くことができます。
例えば、昔から大きな岩塩鋼がある「トゥルグオクナ」という町や「スラニックモルドヴァ」という温泉地などがおすすめです。そこにある岩塩鋼の中の空気は気管支喘息に効くので、その治療も行われています。

ネァムツ(Neamt)

ネァムツ県には多くの旅行者が訪れます。チャフラウ国立公園ではハイキングや、野生動物の観察ができます。チャフラウ国立公園は、ルーマニア人の祖先であるダキア人の聖なる山、チャフラウ山を擁する国立公園です。ここでは90種類以上の野鳥を見ることができ、バードウオッチングに最適です。訪れる際は双眼鏡をお忘れなく。
魅力は豊かな自然だけではありません。ここネアムツ県では、忙しい都会での生活では忘れ去られてしまった牧歌的景色の中に、数世紀の歴史を持つ修道院、魅力的な博物館の数々、ネァムツ要塞が存在しています。 ネァムツ教会群の一つであるアガピア修道院の中には、ルーマニアでは最もよく知られた画家であるニコラエ・グリゴレスクの絵があります。

ブコヴィナ地方(Bucovina)

ブゴヴィナはモルドヴァの北部にある地方です。14世紀の半ば、カルパチア山脈の西側は群雄割拠の状態でした。しかし、東側ではまだ目立った統率者がいませんでした。そのため西のマラムレシュ地方からカルパチア山脈を越えてやって来たボグダンは、ブコビナを平定してラダウツィに都を構え、公(ボイボド)となり(ボグダン一世/在位1359~1365)モルドバの最初の統治者となりました。
やがて南部の地域をも併合してモルドバ公国を建設したのは、彼の2番目の後継者ペトル・ムシャト(在位1375~1391)でした。彼の名をとり、その後約160年続いた公家の統治は、ムシャティン朝と呼ばれています。
モルドヴァがその最盛期を迎えるのは、シュテファン三世(在位1457~1504)とその後継者、ボグダン三世(在位1504~1517)、ペトル・ラレシュ(在位1527~1538)の時代でした。しかしこの時代は決して平穏な時代ではありませんでした。長年の宿敵ハンガリー、南下政策をとっていたポーランド、そして1453年ビザンチン帝国を滅ぼして勢いにのるオスマン・トルコ、あるいは東のタタールなど、多くの侵入者がいたのです。
そのような状況が続いていた中、1538年にペトル・ラレシュがトランシルヴァニアへ逃亡しました。これによってモルドヴァはオスマン・トルコの属国となったのです。しかし、トルコはこの地を直接統治しませんでした。そのため毎年トルコに対しての献納は行われましたが、宗教的な制約を受けることなく、その後もこの地方の権力者により教会や修道院の建設は続けられたのです。


世界遺産モルドヴァの教会群

15世紀から16世紀に建てられたルーマニア正教会群。聖書の物語の描かれたフレスコ画で内部だけでなく外部も装飾された教会群は世界で比類ないカルパチア山脈を背に佇む美しい建築物の数々です。
特にヴォロネツ修道院、スチェヴィツァ修道院、フモール修道院、モルドヴィツァ修道院、アドール修道院などが有名です。近隣にはドラゴミルナ修道院、プトナ修道院などもあります。

ヴォロネツ修道院(Manastirea Voronet)

東欧のシスティーナ礼拝堂と称されています。この修道院でしか見ることができない「ヴォロネツ・ブルー」が印象的な絵画は必見です。
→ヴォロネツ修道院(サイト内リンク)

ミトロポリタナ教会

ここには1641年に持ちこまれた聖パラスケバの聖遺物が置いてあります。
そこでは毎年10月15日に、ルーマニア正教のお祭りが行われています。

スチェヴィツァ修道院(Manastirea Sucevita)

強固な要塞、高い壁と教会の空からの滑り台のような屋根、星型に根元を飾られた天を突き刺す塔が印象的な修道院です。
特に壁画の保存状態が良いことで有名で、赤い羽の天使が待つ天国と悪魔の待ち受ける地獄の描かれた「天国への梯子」は圧巻です。
→スチェヴィツァ修道院(サイト内リンク)

フモール修道院(Manastirea Humorului)

1530年に創立された屋根の二つの十字架の塔が印象的な修道院です。フモール修道院は小さめの建物ですが、ブコビィナ地方の美術品宝庫です。
→フモール修道院(サイト内リンク)

モルドヴィツァ修道院(Manastirea Moldovita)

1532年に創建。1537年に完成した外壁のフレスコ画には、金色に彩られたコンスタンティノープルの包囲戦の絵が描かれています。

→モルドヴィツァ修道院(サイト内リンク)

聖ゲオルゲ教会(Biserica Sfantul Gheorghe)

1514~1522年、ボグダン三世(盲目王)によって建立され、現在は世界遺産として登録されています。残念なことに、外壁に描かれているフレスコ画は多くが風化してしまっています。しかし内部にはフレスコ画が壁一面に描かれ、鮮やかな色彩を放っています。

@スチャヴァの聖イオアン新修道院

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