ルーマニア政府観光局世界遺産ダキアの古代砦

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世界遺産 - Dacia - ダキアの古代砦

ローマ帝国時代のダキア人の砦の遺跡は、ルーマニアにとって、特別な意味を持つ世界遺産です。
ローマ皇帝カエサル以前から、ローマ帝国はダキア(現在のルーマニア)を狙って併合しようとしました。
領土や資源を巡る小さな戦争はたくさんありましたが、トラヤヌスが皇帝になってから
ローマ帝国は積極的にダキアを攻撃を仕掛け、大軍を送りました。
西暦101年、ローマ帝国軍はダキアとの国境だったドナウ河を渡り、最初はタパエというところで戦闘を開始。
ローマ大軍が勝利を得て、さらにダキアの中心部、オラシュティエ連峰に侵攻し、ダキア人の砦を続つぎと占拠。
ローマ軍兵士の数や軍事力に圧倒され、勇敢に戦ったにもかかわらずダキア軍はローマ軍に敗北しました。
その後お、ローマ軍はダキアの首都サルミセジェツザの要塞を前に苦戦を強いられ、冬の到来とともに攻撃を一旦中止。
そして翌年、サルミセジェツザを完全に包囲。ダキアの王デチェバルは、
仕方なく条件の悪い屈辱的な平和条約締結に追い込まれました。
西暦105年、ダキアとの条約を破り、トラヤヌス皇帝の大軍が最終的な攻撃を加えてきました。
その1年後、サルミセジェツザ要塞はついに陥落。デチェバルは切腹。
彼の首はローマへ運ばれ、こうしてダキアはローマ帝国の属州になったのです。
ローマ人による祖国ダキアの征服は、その後のルーマニアの歴史と文化、およびルーマニアの国民形成にとって
最大にして決定的な出来事でした。現在その戦いの痕跡は、遺跡となって我々の前に歴史を物語ります。
世界遺産、ダキアの古代砦は下記の通りです。


サルミセジェツザ砦

バニツァ砦

ルンカニ・ピャトラ・ロシエ砦

カプルナ砦

コステシティ・チェタツヤ砦

コステシティ・ブリダル砦


★☆ Sarmizegetusa サルミセジェツザ砦 ☆★

ルーマニア世界遺産古代ダキア人のサルミセジェツザ砦

グラディシュテ山頂は、ダキア人にとって聖地を意味します。
そこはかつてのダキアの首都であり、たくさんの民衆が暮らしていました。
巨大な石の城壁に囲まれた、砦の中心部はおよそ3ヘクタール。
これが現在残っている遺跡です。
西と東に門があります。
古代ローマ大軍の攻撃によって砦の大部分が破壊されましたが、
ローマ人が戦争後に修復し、その後も砦を、守備隊の駐屯地として使いました。
砦の中心から東に100m離れた、段々畑の一帯に殿堂が6つ残っています。
最も大きなものは直径30mで、輪の形をしており、
彫刻のある石材に囲まれた聖なる場所でした。
その一段上に、別の重要な殿堂「支柱の殿堂」があります。
60本の高い支柱からできていましたが、現在はその基壇しか残っていません。
「安山岩の太陽」は唯一の記念物です。
これは巨大な安山岩で造られた円盤ですが、日時計なのか、
神への生贄の捧げる場なのか、専門家でもわかりません。
また陶器、食器、道具、金銀の貨幣や装飾品など、
ダキア人の日常生活の様子を示唆する遺物が次々に発掘されていますが、
ダキアの王、デチェバル秘宝のありかは謎のままなのです。

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★☆ Banita バニツァ砦 ☆★

ルーマニア世界遺産古代ダキア人のバニツァ砦

ペトロシャニ市から11km離れた、バニツァ村のデァルボリー山の上に、
バニツァ砦があります。この砦は、ダキア国のブレビスタ王時代から残っています。
この砦の内部には、北向きの側面からしか入れませんでした。
そのほかの3つの側面は、急傾斜の山のおかげで守られていました。
後の時代、デチェバル王は石垣を造営し、その端に天守閣を建てました
この砦も、ローマ軍の攻撃によって崩されましてしまいました。
この砦の役割は、南からやってくる侵略者を阻み、
ダキアの首都、サルミセジェツザに寄せつけないことでした。
このため、堅固な城壁、天守閣、戦闘用の台、防御用の施設をたくさん設け、
砦の真中には監視台も設置されていたのです。

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★☆ Capalna カプルナ砦 ☆★

セベシュ市から10kmの、サスチョリ郡カプルナ村にあります。
1939年、 1942年、そして1954年に、紀元前106年にダチア人が
防備を固めた砦の各部が見つかりました。
主な防備は270mの長い城壁でした。
この城壁は山の岩を利用して作られ、砦の内部の
一番高いところには岩の台があり、その上に監視所がありました。
この砦は、ローマ軍とダキア軍の2回目の戦闘中に、
その大半が破壊されてしまったのです。
その後の発掘調査で、カプルナ砦の周辺では、たくさんの遺跡が発掘されました。
水道橋、溝、殿堂、城壁、木造建築、大量の陶器、器具など民生施設も含め、
中世のものも発掘されたことは、
この砦が、中世にも避難所として使われたことを証明しています。


★☆ Costesti Cetatuia コステシティ・チェタツヤ砦 ☆★

ルーマニア世界遺産古代ダキア人コステシティ・チェタツヤ砦

標高561mのチェタツヤ山頂の砦は、80年ほど前に発掘されました。
この砦は、紀元前2世紀の後半の遺跡です。
堅固な城壁に囲まれた砦の中には、貯水施設や4つの殿堂がありました。
砦には天守閣があり、この近くに2つの守備隊の施設がありました。
この砦は、ブレビスタをはじめ歴代のダチア王の住居でもあったようです。

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★☆ Costesti Blidaru コステシティ・ブリダル砦 ☆★

ルーマニア世界遺産古代ダキア人コステシティ・ブリダル砦

標高705mの段々畑の山の上にあり、遠くまでよく監視できる場所です。
この砦は、2つの場所を互いに繋ぐ形で造られていました。
2つともに天守閣がありましたが、その一つは
武器倉庫の役割を持っていたようです。
貯水施設もあったこの砦は、軍事拠点だったのです。

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★☆ Luncani-Piatra Rosie ルンカニ・ピャトラ・ロシエ砦 ☆★

ルーマニア世界遺産ルンカニ・ピャトラ・ロシエ砦

この砦は、標高832mのピャトラ・ロシエ山の上にあります。
この山の土は酸化鉄が豊富なので、遠くから見ると山全体が赤く見えます。
ロシエとは、ルーマニア語で「赤」を意味します。
発掘されたのは1949年。砦の形は正方形で、
長い側面は100m、短い側面は40〜45mです。
当時、天守閣はそれぞれの角に1 つずつ、
東の側面の中心に1つと、全部で5ケ所にありました。
砦には木造の、2つの部屋を持つ建物がありましたが、
現在は石造りの基礎だけが静かに残っています。
北西の角に貯水施設が造られていました。
もともとは一段下にも砦の一部がありました。そのあたりには、1つの殿堂と
多数の小さな天守閣があったで、当時のさまざまな種類の銅製や銀製の容器、
道具、装飾品、武器が発掘されました。
これ以外にも、女神ベンディスの胸から上をかたどった
ブロンズ像なども発掘されました。

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