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MOCO 2004年12月号 | ルーマニア政府観光局

  • 9月 20日 午後06:08
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祈りと豊穣の大地 正教信仰に寄り添う暮らしを訪ねて

MOCO 2004年12月号

荘重な総主教教会での復活祭、女子修道院で昧わった光明週間の食事、
そして北辺の地に息づくフレスコ画の修道院...。
暮らしのなかに信仰が生きてある姿を見た。ルーマニア縦断700キロの旅・・・。

厳かなイースターの聖体礼儀と一光明週間の美味なる食事

 知人に誘われてブカレストに向かったのは、4月上旬のことだった。 ルーマニア正教の信徒で、また宗教界に人脈のある彼女が、 ブカレストの総主教教会で催されるイースター(復活祭)に特別に招いてくれたのである。
 復活祭の聖体礼儀(カトリックのミサに当たる)は11一日の真夜中、 教会前の広場を舞台(聖域)に荘厳な雰囲気のなかで始まった。主役はルーマニア正教の頂点に立つ総主教のテオクティスト師で、 その記念の説教は1時間半にも及んだ。90歳の高齢にもかかわらず、師は3時間半にわたる聖体礼儀の あいだ中、一度として椅子に座ることはなかった。

 一方、しんしんと冷え込む会場には、真夜中というのに数千人の熱心な信徒が詰めかけている。 彼らはともに賛美歌をうたい、キャンドルサービスに心を清め、そして喜々として聖別されたパンを拝領していた。 聖体礼儀が終わり、明けそめた空のもと、満たされた表情で三々五々家路につく彼らの姿がとても印象的だった。

 総主教邸でイースター・エッグをご馳走になったあと、ブカレスト北西のアルジェシユ県の古都、 クルテア・デ・アルジェシユに移動した。ここにあるアルジェシユ修道院は知人の友人である カリニック大司教の持ち場で、私はここをベースにして、周辺の小さな修道院をいくつかめぐることにした。 復活祭の後の1週間は。 “光明週間” といい、この期間にのみ作られる修道院料理も昧わってみたかったのだ。
 最初に訪ねたのはクルテアの北、ロバイア渓谷上流にある同名の女子修道院で、標高500メートルの谷間は、 厳冬期には氷点下10度を記録することも珍しくないという。 現在、この修道院では35人の修道女が修行に励んでおり、得手・不得手により日々の仕事が振り分けられている。 自然環境の厳しさはあっても、図書室などが併設された修道院は、とても居心地がよさそうだった。
 キッチンをのぞくと、今しも料理担当の10人ほどの修道女たちがズレ‘の料理作りに余念がない。 別室では、修道女たちの身内も加勢して、いかにも楽しげにイースター・エッグの食紅塗りで盛り上がっていた。 食事時、彼女たちと一緒に味わった「魚のサルマーレ(ロールキャベツ)」「牛肉入りサラダ」などの料理は、どれも絶品だった。 これらスローフードがルーマニアの修道士たちの長寿を支えていることを、あとで知った。

 このあと訪問したコットミアーナ男子修道院でも、質素ながら、美味な料理を堪能した。 これら料理は修道院独自の料理というわけではなく、ルーマニアの一般市民が食べるものとさほど変わらない。 大きく異なるのは使われる食材で、脂肪やタンパク質を含むものは極力避けられていた。 神への帰依心こそ彼らの長寿の本当の秘訣であることを、身をもって知った修道院体験だった。

世界遣産の中世都市からめくるめくフレスコの修道院ヘ

 アルジェシュからはプラン、ブラショフを経由して、世界文化遺産の町・シギショアラに入った。 この町はトランシルヴァニアの中央に位置し、中世の面影を色濃く残した町並みは、 世界中のツーリストのあこがれの的になっている。15~16世紀の繁栄の絶頂期には、15のギルドをもつ城塞都市だった。 町のシンボルでもある時計塔は14世紀のものだ。

 その時計塔からは、くすんだオレンジ色の甍を連ねる中世の町が一望のもとに見渡せる。 一瞬、ここだけは時間が停止していたのかと錯覚させるほどの、古色蒼然とした町並みなのだ。 突然耳の鼓膜を破らんばかりに鳴り出したのは、時計塔のからくり時計だった。 町のたたずまいは変わらなくても、時計塔は怠ることなく日々、時を刻んできたのである。

 シギショアラの先、ソバータからゲオルギーニヘ抜ける峠道は、地図からは想像もつかないとんでもない悪路だった。 その分、ピアトラ・ニムツを経由して、ブコヴィナのグラ・フモールに着いたときの喜びは、またひとしおだった。 今回の旅のフィナーレを飾るべく、この北辺のブコヴィナの地までやってきたのは、 当地に散在する世界遺産の5つの修道院を訪れるためである。

 それはフモール修道院、ヴォロネッツ修道院、モルドヴィッツァ修道院、スチェヴィッツァ修道院、アルボーレ修道院の5ヵ所で、 いずれも外壁に描かれた圧巻のフレスコ画で知られる。そのほとんどは16世紀前半に描かれたもので、 当時ブコヴィナを含むモルドヴァ公国はオスマン朝の宗王権下で自治を許され、ルーマニア中世文化の華を咲かせていた。

 フレスコ画の主たるモチーフは、オスマン朝との戦闘風景や聖書のさまざまな場面で、農民教化の役割もあり、 じつにカラフル、具象的なタッチで統一されている。当地のフレスコの特徴は、 上塗りのマルタ(石灰モルタル)がグラセツロ(消石灰)とスサ(壁土に混ぜる繊維質)の組み合わせで、 イタリアのフレスコのように砂を用いることはない。これはまさしく日本の漆喰と同じ手法であり、 私はこのとき、図らずもルーマニアが東洋に限りなく近い国であることに気付いたのである。

 これら5つの修道院はすべて地域に密着した女子修道院で、地元民も日々気軽に祈祷にやってくる。 ルーマニアではいまだ、正教信仰が生きた形で大地に根付いているのだった。

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