
鈴木信吾(本名:信五)教授は、ミハイ・エミネスクの『宵の明星』(原題:“Luceafărul”)を日本語に翻訳しています。彼は、日本の大学にルーマニア語教育を広めた人物として知られ、日本で数少ないルーマニア語学習書の著者でもあります。
1950年生まれの鈴木信吾教授は、日本を代表する外国語教育・研究機関である東京外国語大学でロマンス系言語の修士号を取得し、1996年から同大学でルーマニア語を教え始めています。東京外国語大学は、日本でルーマニア語が教えられている唯一の国立大学でもあります。2009年には、ブカレスト大学で文献学の博士号を取得しました。2025年、鈴木教授は、上述の『宵の明星』の出版を機にヤシ市を訪れ、アレクサンドル・イオアン・クザ大学で開催されたルーマニア言語・文化サマースクールにも参加しました。
退職後も、鈴木教授はアレクサンドル・イオアン・クザ大学日本文化センターの名誉センター長に就任しました。同センターは、ルーマニア北東部では初となるこの種の施設として、2025年10月24日にヤシ市に開設されたものです。同じく2025年には、長年にわたる目覚ましい活動と日本におけるルーマニア語の普及への貢献が評価され、ヤシ市名誉市民の称号を授与されました。
鈴木教授がルーマニアという国やルーマニア語と出会ったのは、学生だった1970年のことです。そこの文化や歴史、そしてもちろんルーマニア語に魅了され、初めてルーマニア語に触れることになります。しかし、本格的にルーマニア語を学び始めるまでには、紆余曲折がありました。「1971年、21歳のときにルーマニア語の勉強を始めたのはいいのですが、その後、何度も長い中断がありました。46歳になって初めて、大学で教えるために、継続して勉強し始めることになります。私が引き受けなければ、その講座は廃止されるところだったのです」と鈴木教授は語っています。
教授にとって、ルーマニア語の中でも特に難しかったのは、かなりの数に上るスラヴ語由来の語彙だといいます。また、文法について最も難しいと感じたのは、名詞の格変化、とりわけ格を正しく使い分けることだったと明かしています。さらに、ルーマニア語について最も気に入っている点として、「他のロマンス諸語から孤立していたにもかかわらず、ラテン語由来の基本的な特徴をよく保っていること」を挙げ、「これはまさに奇跡のように思えます」と語っています。
ルーマニア語で気に入っている言葉として、鈴木教授は、劇作家イオン・ルカ・カラジアレによる、人間の認識が持つ二面性を見事に捉えた、深遠かつ現実味に富む警句を挙げました。これを和訳すると、「世界を知りたいか。ならば、世界を近くから見よ。世界が好きになりたいか。ならば、遠くから見よ」となります。
エミネスクの『宵の明星』を日本語に翻訳するのは、どれぐらい難しかったのでしょうか。鈴木教授は次のように語っています。「『宵の明星』は、隠喩と多義性に満ちた詩です。同時に、旧約聖書やギリシャ神話への明示的、あるいは暗示的な言及も数多く含まれていますが、その背景にある考え方は日本ではあまり広く知られていません。一方、魂の輪廻転生という概念が見え隠れする個所もあります。これは、仏教思想があるため、日本の読者にとってそれほど理解しにくいものではありません。例えば、最後の詩連には『Trăind în cercul vostru strâmt(お前たちの狭い輪廻の中で生きているなら)』という一節があります。ここで私は、cerc(ul)、つまり『円』や『輪』を意味して日本語の『サークル』と同じ語源にさかのぼる言葉を、あえて日本語の『輪廻』に置き換えて訳しました。ただし、読者にこの解釈だけを押しつけることのないよう、なぜその訳語を選んだのかを注釈で説明しました」。
ルーマニアを愛するこの日本人研究者が特に好むルーマニアの作家は、ミハイ・エミネスクとイオン・ルカ・カラジアレの二人です。
ルーマニアで特に気に入っている場所としては、いずれもモルドヴァ地方に位置するヤシ、スチャヴァ、ボトシャニの三都市を挙げています。鈴木教授は三都市すべてを訪れており、訪れるたびに忘れがたい感銘を受けたといいます。
ルーマニアは、すでに鈴木教授の魂の一部となっているのです。
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ヤシ市にある エミネスクの愛した菩提樹の前で